日本企業の利益率はなぜ低いのか pt2

◎なぜ日本企業の利益率は低いか



すでに述べたように、利益率が時代を追うほど低下してきた大きな原因は、賃金の上昇だ。ただし、注意しなければならないのは現時点で、米英の企業に比べると日本企業の利益率が低いことだ。米英の総資本利益率は6%程度。つまり、これは高度成長期の日本企業に近い水準を維持している。米英の賃金水準は日本に比べて格別低くないにも関わらず、米英企業は日本企業よりも相当高い利益率を実現していることに注意が必要。これは、賃金が上昇したとしても、企業が適切に対応すれば高い利益率を維持できることを意味している。米英企業に比べて日本企業の利益率が低い原因として、次の3つが考えられる。




(1)拡散型でリスク回避型のビジネスモデル
第一に日本のビジネスモデルが拡散的であることだ。バブル期において多くの企業が不動産業に進出したが、その後も多くの企業が「多角化」を志向した。競争力を失った企業が多業種に乗り出すことによって生き残りを図ったのである。成功した企業こそあれども、多くは低収益化がもたらされた。多角化が利益率を低下させるのは、それが「リスク回避」と同義だからである。多角化していれば、失敗しても他の事業でカバーできる。企業そのものは存続できるが、どの分野でも専門性を発揮できないため、利益率は低くなる。多角化とは、低利益率を甘受しつつリスクを回避する方法である。



(2)系列の束縛
第2に、日本企業が長期的な取引関係に固定されていることがあげられる。経済条件が変化しても関係を解消できないため非効率性が継続してしまう。その顕著な形が系列だ。旧財閥系の企業集団、メインバンクを中心とする企業グループ、部品メーカーなど下請けグループなどが存在する。「系列」は以前日本企業の効率性を高める要因だとされて注目を集めたが、最近では系列は企業の合理化を妨げる大きな要因とされている。

(2)世界経済の構造変化
 第3に、90年代以降の世界経済に極めて大きな変化が生じたことだ。その第1に挙げられるのが、中国の工業化である。日本の産業はかつて低賃金を武器として欧米の産業を追い上げたのだがそれと同じことが中国と日本の間で起きているわけだ。これが、90年代以降の日本企業の低収益率低下の重要な要因だ。
世界経済の構造変化の第二は、情報通信の技術が大きく変化したことだ。これは一般に「IT革命」と呼ばれているものである。

 以上で述べた要因のうち、(1)と(2)は直接にビジネスモデルの問題だ。したがって、原理的に言えばビジネスモデルの転換によって克服できる。しかし、日本の企業はこうした構造改革を進めにくい。なぜか。
 

 
 本来、収益が低迷する企業は市場から撤退せざるをえなくなる。あるいは企業がビジネスモデルを転換することで、新しい経済環境に適応せざるをえなくなる。株式会社制度とは、そのような自動調整メカニズムが本来は働くような仕組みなのである。

 
 事実、アメリカではこのメカニズムが顕著に働いている。株価が低迷すると経営者は交代を余儀なくされる。ところが日本の企業ではいかに株価が低迷しようが経営者が解任されることは稀だ。また、経済構造の変化に企業が適応できなくなっても、古いビジネスモデルが継続される場合が多い。(例、三菱重工など三菱グループ3社が三菱自動車の救済策を決定した)これは、株主不在経営にほかならないということだ。つまり、「日本企業は短期的な株価の変動に振り回されないため、利益無視の経営が可能」ということだ。経営者解任やビジネスモデル転換を促進するメカニズムが、日本企業には存在しない。一般に、日本企業の特徴として、年功序列、終身雇用が挙げられる。経営者は内部昇進者で占められるし、そこに到達する以前の段階でも、昇進は業績ではなく年功で決まる。このような特徴は、ムラ社会の特徴であるとか、農耕民族の特徴などと言われる場合も多い。しかし、これは日本社会の長い歴史的特性に根付くものではない。これは第二章の1で述べた「1940年体制」の一環なのである。


 さらに、オイルショック以降に顕在化した傾向として、株主の持合いが挙げられる。これは、資本自由化に備えて海外からののっとりを防ぐために必要とされたものだ。もともと閉鎖的な性格が強かった日本企業は、これによって株式市場からほとんど隔離された存在になってしまったのである。利益最大化という企業本来の目的は、閑却される。日本企業が目的とするのは、次のふたつ。
 ・従業員の生活保障(組織の永続が最も重要な目標とされ、リスクに挑戦できない最大の理由はこの点にある。)
 ・シェア、売上高、資産額、従業員数などで見た企業規模の拡大だ。(「成長とは量的拡大である」とされる。その半面で、利益、企業価値、生産性といった質的側面が軽視されてきた)


 このような日本企業の特性が、90年代以降徐々に変化しているのは事実である。持合いの解消、系列関係の見直し、終身雇用・年功序列の見直し、経営者の外部からの招聘などが進んだ。しかし、1940年体制的特質は依然として多くの企業を支配する基本条件だ。このため、日本企業全体としての低収益性が克服されるまでには至っていない。

 以上をまとめれば次のようになる。



 日本企業はもともとリスクをとりにくい構造であり、市場からの圧力が加わりにくい構造であった。「金メッキ」時代における多角化で、リスク回避傾向がさらに強まった。また、株式の持合いによって株式市場からの隔離が進み、利益を無視した経営が可能になった。日本企業のもつこうした問題が、90年代に生じた世界経済の大変革で、一挙に顕在化したのだ。日本経済の病巣は、「金メッキ時代」に既に広がっていたのである。

現代の日本企業は、米英の企業に比べると極めて低収益。それは前節で述べたとおり、リスク回避の傾向が強く、系列の束縛があるから。

日本企業が米企業に比べて利益率が低い理由は、1で述べた。そこで述べたことを裏返せば、米英企業が高い国内賃金にもかかわらず高い収益率を実現している理由は、次の諸点である。
1、リスクに挑戦して高い収益を挙げている
2、事業が専門化している
3、系列などの制約が無いので、経済条件の変化に対応して取引先を柔軟に変えられる。
4、世界経済の条件変化に対応している。とりわけ、海外アウトソーシングにより、安い労働力を活用している。