「脳から特定の記憶を消去」に成功:タンパク質の操作/マイクロ波等の照射が記憶に影響

米国と中国の科学者チームは10月23日(米国時間)、記憶分子と呼ばれるタンパク質の一種「αCaMKII」(アルファカルシウム/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII)を操作して、マウスの脳から特定の記憶だけを安全に消去する方法を発見したと発表した。


[ジョージア医科大学と、中国上海にある華東師範大学の共同研究。論文は10月23日付けの『Neuron』に掲載。CaMKIIは、中枢神経系における細胞内Ca2+シグナルの主要な担い手として、記憶・学習を形成する上で必要な分子と考えられている]


これは人類史上初の成果であり、大きな前進であると同時に、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療法として記憶を操作することに関心を持っている軍関係者が、強い興味を寄せるであろう発見だ。


だが、軍が進めてきた研究には、まったく別の方向のものがある。


研究者たちは1980年代には、ごく弱い電子ビームを当てるだけでも、マウスが今起きたばかりの出来事を忘れてしまうことを発見していた(これは、逆行性健忘と呼ばれる記憶障害。もう1つのタイプの障害である前向性健忘は、新しい記憶を形成できなくなるもの)。X線を当てても同じことが起こる。記憶を消せる時間は短く、直前の4秒間の記憶を失うだけだ。だが、その効果は興味深いものだった。


電子ビームの閃光が網膜にあたった結果、記憶喪失を起こすという理論は以前からあった。そして実際、フラッシュの光を使ってマウスを記憶喪失にできることもわかっていた。


以下に、米国防総省国防技術センター(DTIC)オンライン・データベースにある「写真撮影用フラッシュで、マウスに逆行性健忘を起こさせる」(1995年発表)より引用する。



80V、85V、さらに100Vの電圧でフットショック(恐怖)を与えた被検体においては、[フラッシュによって]逆行性健忘が認められた。40Vでは、被検体に感じられるだけのショックを与えることはできなかったようだ。逆に、100Vを超える刺激を与えたグループは、フットショックのほうが強すぎて、フラッシュは逆行性健忘を引き起こすだけの効果を発揮できなかった。

このことから、フラッシュによって健忘症を引き起こす効果が得られるのは、フットショックの強さがフラッシュの影響を超えない範囲内だ、という結論に達した。この結論は、連続的な学習と記憶のタスクのなかで生成される新近性効果の理論とも一致する。[新近性効果とは、単語を順番に示し思い出した順に再生すると、最後のほうに近いほど再生率が高いこと]


これは、非殺傷兵器としてフラッシュライトを使用した場合に、時間や空間の認識に混乱を生ずることがある原因を説明するのに多少は役に立つかもしれない。これについてはもう少し詳しい研究が必要なように思える。


いずれにしろ、脳が無線波やマイクロ波にさらされることによる身体への影響に関する研究は数多く行なわれてきており、こうした研究の多くは軍によって進められてきた。


米空軍調査研究所(AFRL)のHuman Effectiveness Directorate(「人間の有効性研究部会」)は、この分野で独自の実験を行なっている。ただし、マイクロ波が記憶消失を引き起こすことを示唆したかつての研究結果を検証することはしていない(残念なことに、この報告はAFRLのウェブサイトから削除されている)。[リンクされているのは、ワシントン大学における1999年の研究で、携帯電話のマイクロ波が対象。過去記事「携帯電話で記憶や方向感覚に損傷?」が紹介している]


科学者の多くは、そうした効果は熱によって引き起こされると考えている。しかし、指向性エネルギー兵器がもたらす生物学的影響に関する研究部門(Directed Energy Bioeffects Division)では、さまざまな放射線が人体に及ぼす影響を継続して調査している。


さらに、米海軍および空軍に籍を置く科学者らによる研究チームが2003年に出した、神経システムへのマイクロ波の影響についての報告書には、「隔離した脳細胞を使った研究から、温度は直接影響しないという新たな結果が得られた」とある。ただしこの報告書は、作業記憶やその他の脳の機能に実際にどのような影響を及ぼしているかを評価するのは容易でない、とも記している。


いずれにしろ、指向性エネルギー・プロフェッショナル協会(レーザーやマイクロ波兵器を作っている人たち)が運営する非公開の講座を紹介する文書で、このような装置には「記憶障害」効果の可能性がある、と書いてあることは興味深い。




[日本語版:ガリレオ-藤原聡美/小林理子]



WIRED NEWS 原文(English)