『我々は皆、この宇宙の【参与観察者】でしかない』

ユーザーイリュージョン―意識という幻想
1988年、ニューメキシコ州サンタフェである会議が開催された。これは世界中の一流の物理学者40人と数学者が若干名参加し、「複雑系エントロピー、そして情報の物理学」について意見が交わされた。この会議の議長を務めたのが79歳になるアメリカの物理学者ジョン・A・ホイーラー。彼はニールスボーアと共に核分裂の理論を打ちたてた人物で、「ブラックホール」の名付け親でもある。彼は、この会議でこう言った。

「時間や空間などというものは存在しない。
我々が考えている世界など、我々の周りには存在しない。…一つの宇宙、唯一の世界などという考え方は馬鹿げている。我々は皆、この宇宙の参与観察者なのだ。同一の宇宙観を構築している現状は奇跡に等しい。しかし、今週末までには、そうした宇宙観を無から構築するすべてが分かっているかもしれない。」


全員がこれに賛成したわけではない。そしてこの会議が私たちの宇宙観を変えることもなかったが、原点に戻ってすべてを考え直してみるべき時がきたという気持ちが広まったことは間違いない。


この本の冒頭部分にでてくる話。
「物質のないところには時間も空間も存在しない」というのは相対性理論来の知見である。
そして「人間はそれぞれ個々に異なった宇宙を観察している、人間は自分の宇宙を持っている」というのは認知科学や物理学から近年分かってきている事実だ。また、さらに言えば、【我々の認識なくして宇宙は存在しえない】。
しかして本当の宇宙を観察した人間はたぶん、いない。本当の「リアル」を体感したことのある人間はおそらくいない。
我々の知覚は、ほんのわずかの知識の断片・情報の断片に整合性を持たせて再現させただけの「バーチャル」である可能性が高いからだ。




(それが本書の「ユーザーイリュージョン」の意味するところでもある。→パソコンのデスクトップの「ゴミ箱」のアイコンは当たり前だがそこにゴミ箱があるわけではない。私たちはそこにいらないものをドラッグ&ドロップして投げ込むことであたかも本当のゴミ箱にモノを捨てているように感じられる。だがその裏では膨大の0と1が処理されているのに私たちにはそれは分からない、し、別に分かる必要もない。私たちユーザーに必要なのは実際に不要なデータが捨てられた、という表面上に知覚される事実だけだ。それと同じことが人間の意識でも起こっている。それが【意識と無意識】である。それを踏まえて著者はこれをユーザーイリュージョンと呼んでいる。)